よくある質問
Q&A「マネー資本主義 NHKスペシャル」より
去年秋の金融危機から1年余り、激動の2009年が終わろうとしている。再び危機を起こさない仕組みはできたのか?強欲な資本主義の適切な御し方を世界は身につけたのか?世界経済は深刻な状況を脱したと各国当局者が発言し、「金融危機の首謀者」であるアメリカの巨大金融機関が再び莫大な利益を手にする一方で、本当の意味で危機の教訓が今にいかされているとは到底言えない。あれほど大きな批判を浴びた金融機関の高額報酬の問題さえ、いまだ有効な規制を打ち出すに至っていないのだ。
ことしの4月から7月、5回シリーズで放送した「マネー資本主義」。膨大な当事者の証言をもとに30年の歴史をひもとき、金融危機に至る勃興と転落の課程をつぶさにたどりながら、危機の本質を明らかにしようとした。激動の年の終わりにあたり、「投資銀行」「アメリカ当局」「年金基金」「金融工学」とプレーヤーごとに見たこの歴史を、もう一度ひとつの流れとしてまとめ、今何を考え、行動すべきなのか、よりくっきりと浮かび上がらせたい。
なぜ危機を止めることはできなかったのか。高額報酬や高いレバレッジはなぜ規制されることはなかったのか。再びバブルへと動き出したともいわれるウォール街の最前線の動き、確かな規制の取り組みに踏み出せない世界の最新の状況も合わせてみながら、30年の興亡の歴史を反芻(すう)。「マネー資本主義」の決定版をお送りする。
マネー資本主義 NHKスペシャル
リーマンショックにはじまった金融危機は対岸の火事ではなく、日本・東京にも大きな影響を及ぼしました。いくつかの金融機関は破たんし、突然リストラされた方もいました。かろうじて残った方も、事後処理に追われ深夜まで残業されています。不眠や抑鬱を生じ、メンタルクリニックを訪れた方も少なくありませんでした。取り急ぎ応急処置として対症療法を行うも、景気が回復して就労が安定しないことには症状の根治とはいきません。
今回の金融危機はどうして起こったのでしょうか。番組によるとアメリカの金融当局・投資銀行のカリスマ指導者らが中心となり、自国・自社・自分の利益を貪欲に追求したためのようです。年金や不動産など一般市民の財産まで金融工学を用いて複雑に加工した結果、自分たちにも制御できなくなり、「モンスター」を生み出してしまったというのです。
この背景には、改めて人間の持つ「欲望」という本能的な心理が災いしたように思います。欲望は生きていく上で不可欠な本能であり、それをなくして人生は進展しません。欲望があるからこそ、生きる意欲や成長の動機が生じます。しかし「過ぎたるは及ばざるがごとし」、欲が大きくなり過ぎると様々な形でその人の心や生き方に影を落とします。
欲望を理解する一つの概念として、「生活臨床」という統合失調症の治療モデルの「色・金・名誉」があります。統合失調症の患者さんが発症・再燃する際、恋愛・金銭・名誉に関わるストレスが災いしやすいということです。思春期・青年期の患者さんは、恋愛・結婚や進学・就職の葛藤が生じ、中年期に患者さんは、収入や地位に敏感になります。老年期の患者さんも、同様の出来事はストレスになり、「健康」という不安も精神に影響します。
「色・金・名誉」は健常者にも少なからず影響を及ぼします。恋愛や金銭の問題で家庭や会社でいさかいを生じるのはよくある話ですし、芸能人や政治家と呼ばれる方々のスキャンダルは週刊誌やワイドショーに毎週取り上げられます。「英雄、色を好む」ではありませんが、社会的に活躍されている方ほど盛んなようにも見えます。これはドーパミンという報酬系・新規探求性に関わる神経伝達物質が人並み以上に働いているからかもしれません。
ドーパミンの活性は人間に快感や好奇心をもたらすと考えられていますが、過剰な亢進は興奮や衝動性をもたらし、終いには反社会性のパーソナリティにも至ります。そして様々な依存症(薬物、賭博、恋愛など)の患者さんの病理の一つとして想定されています。依存症の患者さんの行動特徴として、刺激の強い行動に固執する、目先の利益を追い求める、ハイリスク・ローリターンを選択しやすい、将来の転帰を冷静に評価しない、等が指摘されています。これらはドーパミン・ノルアドレナリンの亢進やセロトニンの低下によりもたらされ、脳内神経基盤としては前頭葉の眼窩部・帯状回の機能低下が認められています。
ギャンブル依存は大変多いものの、十分治療されていないのが実状です。その数は人口の1-2%、150-200万人と言われ、統合失調症や躁鬱病と同レベルです。しかし治療方法は確立しておらず、唯一効果的と言われているのは自助グループ、GA, Gamlers Anonymous への参加です。これは毎週、匿名で参加し、自分の病歴を話し合うものです。助言も批判もなく、とにかく聞き・話すのみです。しかしこの行為を続けることで、自分の姿や心が見えてきます。「他人のふり見て我がふり見なおし」、前頭葉が強化されるのでしょう。但し、効果は1週間のみ、中断すると「元の木阿弥」、すぐ「スリップ」をし、ギャンブルを再開してしまいます。帚木蓬生(森山成彬)先生は、週1回の自助グループ+月1回のクリニック受診を原則にしているそうです。診療ではギャンブル依存に付随する不安や抑鬱、仕事や家族の問題を扱います。ギャンブル依存の併存疾患および遺伝負因として躁うつ病やアルコール依存症が多いことが認められています。
健常者はどのように欲望に対処しているのでしょう。不確実な状況下で意思決定する際のメカニズムを説明する新しい学問に行動経済学・神経経済学があります。人間が資源や貨幣を分配する過程を研究する経済学を心理学や脳科学と融合させた学問です。従来の経済学によると、人間は最大の利益を上げるよう合理的に行動する「ホモエコノミクス(経済人)」と考えられ、行動は以下の式に従うと考えられました。
価値 value × 確率 probability = 期待効用 expected utility
ところが近年、実社会において様々な状況や心理などの修飾が加わり、必ずしもこの通りではないことが分ってきました。これを限定合理性といい、人間の意思決定は認知能力から限界を生じるというのです。そして人間はヒューリスティクスという経験的で簡便な問題解決を頻繁に行うことも分かりました。これはアルゴリズムという最適な解決へ確実に到達できる演繹的な方法に比べると不適当な場合も多いのですが、迅速で効率的に行われるため、頻用されます。
不確実な状況下での意思決定はプロスペクト理論に準拠すると考えられています。これは下図のように利得よりも損失の方が強く評価され(損失回避)、高額になるにつれ評価の感応度が逓減する(感応度逓減)することを意味しています。具体的に言うと、人間というのは1万円を得るよりも失う方に敏感に反応し、100万円になるとその感覚は1万円の時よりも小さくなるということです。更に時間非整合性といい、将来よりも直近の利得に反応しやすい傾向も認められています。来年の10万円よりも明日の1万円の方が関心が高くなりやすいということです。
このように人間は健常者でも物事を経験的・直観的に認識する傾向にあります。いわば思考より感情が優位に判断の役割を担っているわけです。これは人間が感情に支配される動物であると否定する内容ではなく、数万年におよぶ人類史で自然淘汰されてきた進化心理学上の意義があると肯定する事実です。すなわち、厳しい自然環境の中、狩猟採集をしながら、生き抜くためには、不安や恐怖といった感情が重要だったと考えられます。風雨や寒冷といった天候、害虫や猛獣といった生物の脅威から逃れ、安全な場所で食糧を確保し、家族を扶養するため必要だったことでしょう。