よくある質問
Q&Aスポーツ心理学に学ぶー強い心の作り方
実力を発揮する
北京オリンピックの北島康介選手、メジャーリーグのイチロー選手をはじめ、スポーツ界で活躍している一流選手を見ていると、その技術や体力もさることながら、精神的な強さに驚かされます。接戦や劣勢の追い込まれた極限状況においても、ひるむことなく、ベスト・パフォーマンスを発揮し、輝かしい成績を収めます。このような「強い心」はどのように身に付けられるのでしょうか。これから数回に分けて、「スポーツ心理学に学ぶ‐強い心の作り方」をご紹介いたします。
スポーツのパフォーマンス(成績)はこのように、心・技・体の三位一体から成り立ちます。筋力や心肺機能などの体力、各競技特有の技術、そして知・情・意から成り立つ心理的スキルです(図子、2000、改)。ここでは認知心理学の用語に従い、知は「認知」、情は「情動」、意は「意志」と表記します。
認知とは自己や他者を冷静に認識する能力にはじまり、戦術・戦略など試合における高度な知的作業も含みます。情動とは試合において不安や緊張を制御し、集中してベスト・パフォーマンスを発揮するための感情を指します。更に敗北や挫折から回復し、再び挑戦する心構えを得るための感情も含みます。意志とはその試合において戦い続けるための闘志や、長い競技人生において練習を続けるための忍耐力や精神的な持久力を意味します。
これらの心理的スキルは技術や体力と同等かそれ以上に求められることもあります。実力が伯仲した接戦はもちろん、競技レベルが高度になればなるほど、心理的スキルが勝敗を左右すると言われているのです(霜、1992、改)。しがって、オリンピックやプロスポーツのようなハイレベルの試合においては、最後に「精神戦」の様相を呈するわけです。
実力を発揮する
一流選手だからといって、いつでもスーパー・プレーをしているわけではありません。練習の時は半分位の力で調整していますし、本番で緊張して思うようにプレーできないこともあります。しかし「ここぞ」という場面で、持ちうる実力を100%発揮できるのが本当に一流と言われる選手のゆえんでしょう。ベストな状態で行うプレーを「ピーク・パフォーマンス」と呼びます。この時にはプレーに全神経を集中しながらも、心身はリラックスしており、思い通りのプレーができます。不安も力みもなく、自然で無理のないプレーができるのです。いわゆる「フロー状態」や「無我の境地」といわれる心理はこの状態を説明したものです。ピーク・パフォーマンスに至るためには、図のように「覚醒水準」が高すぎず低すぎず、適度の状態に設定することが必要です。覚醒水準とは心理的・生理的な活性度を示した言葉です。右側の高い状態では不安・緊張、動悸や発汗・口渇を認めます。左側の低い状態では抑鬱気分・意欲低下、疲労・倦怠感を認めます。自律神経の働きで言うと、右側は交感神経が活性している状態、左側は副交感神経が作動している状態となります。従って、どちらの状態にあるのか的確に判断し、心身を至適な状態になるよう調整することが必要です。覚醒水準が高すぎる時は「リラクセーション・テクニック」が必要です。まずは自分の不安や緊張、動悸や発汗を認めましょう。自分が「上がっている」と自覚し、平常心を取り戻すために、心身をリラックスさせます。最も簡便で効果的な行為が「腹式呼吸」です。ゆっくりと深呼吸します。特に呼気(吐き出し)を意識しましょう。するとそれに連動して脈拍もゆっくりとなり、動悸も収まります。スペースがあれば、椅子に深く座ったり、床に寝そべったりして、「筋弛緩法」を試しましょう。手足、指先の力を抜き、全身が椅子や床に吸い込まれていくようなイメージを頭の中に浮かべます。ぬるま湯にゆっくりつかっている姿を思い浮かべても良いでしょう。いずれしても、自分が最もくつろいでいる状態を思い出し、それに近づけていくことがポイントです。
逆に覚醒水準が低く、やる気がない、覇気がないような時には「アクチベーション・テクニック」が必要です。まずは抑鬱気分・意欲低下、疲労・倦怠感が生じていることを認めましょう(これはいわゆる「鬱病」のような長期間続く、病的な状態ではなく、試合や練習前の一過性の状態を意味しております)。この低活性状態に対しては、リラクセーション・テクニックと逆の行動をとります。すなわち、早く短い呼吸「過呼吸」を行い、立ち上り、動き回ります。軽く汗ばみ、息が上がるくらいが良いでしょう。周りに人がいなければ、大声を出したり、顔を叩いてみたりすることも効果的です。関取や格闘家が戦い前に顔や体を叩き、「気合を入れている姿」と言えば分かりやすいでしょう。周りに人がいて迷惑がかかりそうな時には、頭の中で勝利や成功した時のイメージを想像したり、自分を励ますような独り言をしたりもよいでしょう。
独り言「セルフトーク」は試合中にも有効で、意欲や集中力を高めるために用いる一方、高ぶりすぎた意識や行動を鎮静させるためのリラクセーション・テクニックとしても使えます。自分の精神状態や周囲の状況を客観的に把握し、冷静かつ情熱的な行動をするのです。更に、時間や場所があれば、言葉を文字に変換し、ノートや手帳に書きとめ、繰り返し読み直し、潜在意識に刷り込むことも有効です。これらは精神科の治療における認知行動療法と同じ方法論で、その時々の具合や状態に応じて使い分けましょう。以上、情動のコントロール方法をご紹介いたしました。
「どっちにしろヒットのことは頭から離れないけど、でも試合以外の時はいつも通りを大切にする。僕の場合であれば、誰かと一緒に食事をするとか、ゆっくり寝るとか、そういういつも通りのことをすることで、リラックスできるし、それが試合の集中力につながるのです」イチロー哲学より
継続は力なり
今回は「知・情・意」の「意」、「意志」ついてご紹介してまいります。「意志が強い・弱い」というように、「意志will」とは物事をやり遂げるための心の力です。心理学的に表現すると、目標を達成するために努力を継続する能力とも言えるでしょう。この「継続する」ことが、「言うは易しく、行うは難し」で、なかなかできません。いったん思いつくものの、「三日坊主」で終わったり、途中で挫折したりしたことがどなたも1度や2度はあるでしょう。プロスポーツ選手でも、新人賞を獲得したかと思うと2年目のスランプに陥り、気が付くと引退していたということが少なくありません。この誰もが陥るスランプを何とか乗り越えていくことが「大成」するために不可欠な「試練」なのです。スポーツにしても仕事にしても、練習量や仕事量とパフォーマンスとの相関は図のようなS字曲線を描きます。初心者がある程度の要領をつかむためには、多少の時間がかかります。このため挫折しやすく「三日坊主」になるのです。従ってこの時期は上手くなることよりも、「楽しむこと」に主眼を置いて取り組むことが効果的です。たとえば、テニススクールでははじめにコートを小さく区切ったミニ・テニスを行います。細かい技術やルールはさておき、テニスの雰囲気を感じ、楽しんでいただくためです。反対に体育会のテニス部では球拾いや素振りに終始し、ラケットに触らせません。意地悪なようですが、それでも続けたいという本気の部員を選別するためです。
初級から中級にかけてはトントン拍子で上達します。スポンジが水を吸収するかのごとく、知識や技術が連鎖して身に付いていきます。「とにかく楽しい」と思える時期でしょう。この時期はことさらに指導することはありません。自然な上達を見守ります。
しかし中級になると「プラトー(停滞期)」が訪れます。一通り技術は身についたものの、なかなかそれ以上、伸びません。ルーチンの練習を繰り返す日々が続き、倦怠感を覚えます。この時に抑鬱気分を伴うと「スランプ」と形容されます。期間は人により種目によりますが、少なくとも3ヶ月は続きます。ひと夏、目に見える成果は上がらないものの、炎天下、練習に打ち込む姿が想像されます。
中級から飛躍するには、このプラトー・スランプを乗り越える必要があります。それには退屈を覚えても、途中で投げ出すことなく練習を繰り返すことです。ある程度の形はできていますから「磨き」をかけるイメージを描くと良いでしょう。それには反復練習が必要です。同じ動作を繰り返し行うことで、無駄な動きが減り、「洗練」されたフォームが身に付きます。「継続は力なり」と自らに言い聞かせ、単調な練習を辛抱して続けましょう。
地道な努力を継続していると、気が付けば「ブレイク・スルー」を生じ、上級へ至ります。武道や修行でいうところの「開眼」や「悟り」です。この状態になると全ての動作が思い通り行えます。指先の先端まで感覚が行き届き、自由自在にプレーすることができます。一方、少しでも練習を怠れば、不自由を覚えます。思うように動けず、不満足を感じます。傍目から観ても直ぐに分かりませんが、本人は気づきます。従って、上達に終りはなく、極めた後も、日々の鍛錬が求められるのです。
「近道はもちろんしたいです。簡単にできたら楽なんですけど、でもそんなことは一流になるためにはもちろん不可能なことですよね。一番の近道は遠まわりすることだっていうような考えを今は心に持ってやってるんです。それが唯一の道なんじゃないかと思えるようになったんです」イチロー哲学より
動機づけ
前回は「継続は力なり」と題しまして、プラトーやスランプにめげず、練習や努力を続けることの大事さを説明しました。スポーツにおいても仕事や勉強においても、プラトー(停滞)は避けられず、ここをじっと我慢して乗り切った後にブレイクスルー(飛躍)が訪れます。プラトーは上級や達人の域に達してもなお生ずるもので、その道に入ったらならば、終わりなき鍛錬・修行をしていくことが求められます。
しかし「言うは易く、行なうは難し」で、なかなか実践できないのが実情でしょう。ともすれば「三日坊主」となり途中で挫折してしまうのが世の常、人の常です。それでは「初心、忘れるべからず」として努力を続けていくにはどうすればよいのでしょう。その鍵となる概念が「内発的動機づけ」です。これは「外発的動機づけ」の対極となる用語で、周囲や外部からの義務や賞罰のための手段としてではなく、自分の中でそれ自体を喜びや目的としていく心理です。すなわち、お金がもらえるから、上司から誉められるからといった理由ではなく、「好きだから」「楽しいから」といった純粋な気持ちで練習や仕事をしていきましょう。このような気持ちでいると、報酬や成果に一喜一憂することなく、日々の練習や仕事それ自体を楽しみ、末永く続けていくことができるのです。
「自分自身はとにかく楽しんでサッカーをやりたいと正直に思います。その中には本当に厳しい戦いというのもあるかもしれませんが、自分自身が納得いくプレーができればそれが一番いいんじゃないかと思います。それが見ている人も喜んでくれることだと思います」三浦知良(カズ)、Number第26巻26号
一方で、外発的動機づけが主になると、昇給したり成功したりしているうちはよいのですが、いったんつまずくと、そこで目標を見失い、途中で投げ出してしまうことがあります。スポーツ選手で怪我や不振をきっかけに、気がつくと引退していることがあります。会社員でも失敗や不振をきっかけに転職を繰り返している方がいらっしゃいます。このような方々はスポーツや仕事の内容に喜びを見出せず、成績や報酬などに依存していることが少なくないのです。
この「内発的動機づけ」を抱くにはどうすればよいのでしょう。「好き、楽しい」と思いたくても思えないことが多いものです。そこで物事の取り組み方を工夫してみましょう。まず、目標レベルを成功確率が50%位に設定いたします。到底不可能な「夢」を抱いても現実的でありませんし、簡単に達成可能なことは敢えて目標にするまでもありません。「できるかどうか分からない、でも頑張ればできそう」なくらいを目標にすると良いのです。すると毎日の練習や仕事へ自然に精が出るでしょう。
次に「他人からやらされている」のではなく、「自分の意志でやっている」のだという主体性を持つことが大事です。いわゆる「指し手感覚」を持つことで、逆の「コマ的感覚」に陥らないよう注意しましょう。自分で目標や計画を立て、達成していくことは自己効力感 Self Efficacy や Sense of Coherence も高まり、自分の人生を生きているという充実感や満足感を覚えることでしょう。
また、周囲から肯定的な評価、ポジティブ・フィードバックをいただけると、なお良いです。これは外発的動機づけに相当しますが、結果に応じた賞賛や報酬を得ることは良い意味での自信や自尊心 Self Esteem の向上につながり、内発的動機づけも高めることになるでしょう。したがって、身の周りの様々な要素を肯定的にとらえ、さらに精進していくという姿勢が望まれます。
最後に、結果のとらえ方についてご説明いたします。当然ながら勝利や成功を収め、当初の目標も達成することが最高です。しかし、敗北や失敗をしたけれども、目標が達成できれば「とりあえずよし」としましょう。成功や勝利をしても目標が達成できなければ「いまひとつ」ということになります。大事なことは結果を自分の「課題や目標」と照合すること、他人や周囲の評価と比較しすぎないことです。あくまでも「自分は自分、他人は他人」という泰然自若な態度でいることが望まれます。そして、結果の成否にかかわらず原因は自分の「努力の有無」へ帰属する考え方が効果的です。「成功したのは自分が努力したから」「失敗したのは自分が努力しなかったから」と考えることで、今後の練習や仕事の動機づけにつながるのです。
以上、努力を継続するための方法をご紹介いたしました。内発的および外発的動機づけを上手に組み合わせ、運動や勉強、仕事などの生産的な活動を根気強く続けてまいりましょう。いずれも勝敗や業績にとらわれすぎず、生涯学習やライフワークとして、それらを行うこと自体が楽しみ・目的となるように心がけてまいりましょう。
「僕のイメージだとビルかな。目の前に200階建てのビルがある。僕は200階まで行きたい。早いのはエレベーターですよ。若い頃はエレベーターに乗って、あっという間に10階、20階と上がっていく。それが100階に近づくとなぜかエスカレーターになるんです。しょうがないからエスカレーターに乗ると、今度は150階あたりで止まっちゃう。エレベーターもエスカレーターもダメとなったら、もう階段しかないでしょ。一歩ずつ上がって、休憩して、また歩く。200階かぁ、まだ先だなぁ、とか言いながら(笑)」桑田真澄、Number第26巻26号
チームワーク
これまで「スポーツ心理学に学ぶ」とし、個人のパフォーマンスや動機づけを高める方法をご説明してまいりました。自分の身体や感情の状態を冷静に把握し、より良い認知や行動をとる、いわゆる認知行動療法と共通する方法でした。今回はシリーズの最後としてチームワークとリーダーシップについてご紹介いたしましょう。
野球やサッカーのような集団競技はもちろんのこと、水泳やマラソンのような個人競技も選手を支えるコーチやトレーナーを含めたチームワークが求められます。ある程度までは一人でも戦えるかもしれませんが、一流を目指すならば種々のトレーニングや栄養の管理、そして心理的な支援などが必要になります。また個人競技でも団体戦の場合は一人の勝敗ではなく、チーム全体の勝敗が問われます。一人二人のスター選手に頼るのではなく、チーム全員、サポーターも含めた皆の力で戦う姿勢が大事です。さらに当日の試合のみならず、普段の練習やトレーニング、時には合宿を行って生活を共にし、皆で切磋琢磨して向上していく姿勢がチームの勝利につながるのです。
チームとは目標や課題を有した二人以上の集団です。目指すべき目標や課題があるという点で、グループやサークルとは異なります。グループやサークルは仲良くすることや楽しむことを目的としますが、チームは何らかの目標や課題を達成することを目的とします。従って、厳しさや激しさを伴います。一人で黙々と行うわけではありませんから、チームの内外で怒りや憎しみが生じることもあります。しかし、それらをできる限り穏便に解決し、目標へ到達して得られる充実感や一体感は格別のものでしょう。選手らが汗や涙を流した末に抱き合って喜ぶ姿は、チーム・スポーツならではの感動的な光景ですね。
皆が一致団結し、一つの目標に取り組むためには、お互いの信頼と協力が不可欠です。メンバーがお互い信じ合い、多少の無理をしてでも相手のために尽す姿勢が求められます。ラグビーの ”One for all, all for One”の精神です。そのためにはメンバー同士が適切なコミュニケーションを交わし、十分な意思疎通を図る必要があります。相手の気持ちや意見を積極的に傾聴し、自分の気持ちや意見を穏やかに伝えましょう。「胸襟を開く」、自己開示・自己主張のスキルです。さらに、言葉のみならず、表情や服装、姿勢や態度など非言語的なコミュニケーションも言葉以上に重要視しましょう。「目は口ほどにものを言う」というように、口に出さなくても視線や表情だけで伝わることもありますし、言葉に表情や動作を加えることでより良く伝わります。
チームにはリーダーシップが欠かせません。グループやサークルにも幹事や世話人が求められますが、チームほどの統率力は求められないでしょう。目標に向かって集団を導くためには、それなりのエネルギーとスキルを要します。と言いましても、「専制型」になってはいけません。危機的な状況において一時的に必要かもしれませんが、いわゆるカリスマが長く君臨するとメンバーは依存や退行を生じ、自律性を失います。または不平や不満が生じ、チームの和が乱れます。逆に「放任型」の場合、好調な時は良いのですが、次第に能率や業績が低下します。従って、皆が友好的に助け合い、意欲的に取り組む「民主型」が理想的です。リーダーはそれを必要最小限に援助することで、個々人の自律的な行動や成長を促し、全体として大きな発展をもたらすのです。具体的にはメンバーの様子を注意深く見守り、困ったことがあれば本人の自助 Self help 能力を高めるように指導しましょう。一方的・高圧的に指導したり、放置・無視したりすることなく、次から本人が自分で処理できるように Empowerment しましょう。またリーダーとメンバーとの関係に終始するのではなく、メンバー同士の関係も広がるように関与しましょう。リーダーは触媒として次々と新たな化学反応を起こすようなチームの Facilitator として活躍するのです。
「結果は使った監督の責任。選手には結果を恐れず、自信を持ってプレーさせることが大事なんだ」(埼玉西武ライオンズ、渡辺久信監督
埼玉西武ライオンズ・オフィシャルサイトより
以上、チームワークおよびリーダーシップについてご説明いたしました。一人ではとても無理な課題や目標でも、皆で力を合わせれば容易にでき、予想以上の結果をもたらします。1+1=2ではなく、3にも4にもなるところがチームの魅力であり、喜びであります。それにはメンバーのチームワークと、メンバーを高めていくリーダーシップが望まれます。これらをスポーツに見習い、日々の仕事や生活をより一層、高めてまいりましょう。